大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成6年(ワ)3248号 判決 2000年1月26日

原告

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

浦部和子

成田龍一

被告

佐木隆三こと

小先良三

右訴訟代理人弁護士

池田道夫

被告

株式会社徳間書店

右代表者代表取締役

徳間康快

右訴訟代理人弁護士

斎藤弘

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金五〇万円及びこれに対する平成三年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の、その余を被告らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自五〇〇万円及びこれに対する平成三年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、身代金目的拐取等、殺人、死体遺棄罪で、第一審である富山地方裁判所(以下「第一審」という。)、控訴審である名古屋高等裁判所金沢支部(以下「控訴審」という。)で一貫して事実関係を争ったが、死刑判決を受けた死刑囚である。

(二) 被告佐木隆三こと小先良三(以下「被告小先」という。)は、いわゆるノンフィクション関係の著書を多数有する作家である。

被告株式会社徳間書店(以下「被告会社」という。)は、出版等を目的とする株式会社である。

2  被告小先は、いわゆる富山・長野連続誘拐殺人事件(以下、両事件を併せて「本件事件」といい、各事件をそれぞれ「富山事件」、「長野事件」という。)をテーマにした「女高生・OL連続誘拐殺人事件」という題名の単行本(以下「本件著書」という。)を著作し、控訴審における判決言渡前である平成三年九月一五日、被告会社において出版した。本件著書は、第一審の弁護人の最終弁論前である昭和六二年五月三一日に被告会社が出版した「男の責任〜女高生・OL連続誘拐殺人事件」(以下「旧著」という。)を加筆・改題したものである。

3  違法行為

(一) 名誉毀損

本件著書中の別紙一覧表(以下「別表」という。)記載の番号一ないし一三、一五ないし二七、二九ないし三二、三四ないし三八、四〇ないし四三の各記載部分(以下、各記載部分は、単に「本件番号」として各番号で特定する。)は、本件事件について、原告の実名を用いて虚実織り混ぜて物語化され、しかも両事件とも原告の単独犯行と断定し、侮辱的な表現により記述したもので、原告の社会的評価を著しく低下させる内容であり、原告の名誉を毀損した。

(1) 本件番号一

事実と異なる。右記載部分により、警察の事情聴取に対し、丙山太郎(以下「丙山」という。)だけが応じて、原告が応じないとの悪印象を作為的に与えている。

(2) 本件番号二ないし四

右記載部分中の会話の事実はない。また、「頬のあたりが痙攣する」とか「ガタガタ震えて泣き喚く」との事実もない。丙山の取調状況と対比させる形で書くことにより、本件著書の読者に、丙山は無罪で原告が犯人であるという印象を強調している。

(3) 本件番号五

原告が振り回した事実はない。

(4) 本件番号六

事実と異なる。本件著書に書いてある昭和五五年三月三一日時点では原告はかかる内容の自白をしていない。原告は同年四月二日に初めて共犯者について「この事件はある男の人と相談してやった」と述べたものである。

自白した日にちも内容も違う原告と丙山の供述を、被告小先はその中から単に「男」という部分だけを捉えて結び付け、あたかも両者が同一人物であるかのように解釈するよう故意に事実と違うことを創作した。

このような書き方は、原告だけが一方的に嘘をつき丙山は嘘を言ってないかのように思わせようとする悪意がある。

(5) 本件番号七、八

原告の供述調書から部分的な言葉を取り出してつなぎ合わせ、本来の原告の供述調書と全く異なるものを記載し、故意に原告の単独犯行と悪性を強調している。

(6) 本件番号九

会話部分は殆ど虚偽で、事実と異なる。原告に対する取調べの一部分だけを誇張し、丙山一人が犠牲者であるかのごとく創作している。

(7) 本件番号一〇

八五頁の部分は事実と異なり、原告の家庭環境を侮辱的に記載して、原告の名誉を毀損するものである。

(8) 本件番号一一

事実と異なる。原告が男性と性交渉を持って金銭を得たことはない。家族ぐるみで生活保護を受けた事実も無い。

(9) 本件番号一二

丙山の心理描写以外は全て虚偽である。

(10) 本件番号一三

原告が東京の私立大学に合格したことは事実であるが、その他は全て虚偽である。

(11) 本件番号一五

事実と異なる。原告があたかも売春を行い収入を得ていたように記載しているが、原告は、結婚相談所で知り合った五人と会っただけで、一切肉体関係はなかった。また、丙山自身も、原告を売春婦と思ったことはなく、考えたこともないと証言している。

(12) 本件番号一六

事実と異なる。『年取った男は、しつこいからキライなの。若い人は強いからいい』と言った事実は無い。このように犯罪事実に無関係な部分の会話については、会話のよって立つ事実について、つまり、原告が年を取った男と若い男と肉体関係があったことについて真実又は信じるにつき相当の理由があることを立証すべきである。原告は離婚後、若い男性とも年取った男性とも交際がない。

(13) 本件番号一七

事実と異なる。

(14) 本件番号一八

一〇四頁一行の「ビールは、『苦いから嫌い』と、受け付けようとしない。」旨の記載は真実であるが、その他は全て虚偽である。原告の印象を事実と関係なく被告小先の都合のよいように創作している。

(15) 本件番号一九

事実と異なる。このような発言の事実は無い。

(16) 本件番号二〇

「一九七九年は、『ダグラス・グラマン事件』で明け、二月に日商岩井の常務が自殺した。政・財界の黒い霧が話題になる」、「半年分を支払った。その後六月と七月に、二回ほど甲野と大宮に行った。」、「十月の総選挙が近づき、事前運動が話題になった。」との記載は真実であるが、その他は全て虚偽である。また、原告が丙山に対し「あんた」という言葉は言っていないし、「別れた亭主」という言葉遣いをしたことも無い。丙山には「あなた」と言い、別れた夫のことを話すときは名前で言っていた。このように、原告の印象を悪いイメージにつくりあげようとしている。

(17) 本件番号二一

事実と異なる。

(18) 本件番号二二

事実と異なる。

(19) 本件番号二三

事実と異なる。

(20) 本件番号二四

丙山が役場から印鑑証明書を取った旨、それでサラ金から三〇万円を借りた旨、信用金庫から二〇万円をおろした旨の各記載は真実であるが、その他は全て虚偽である。

(21) 本件番号二五

本件番号二五のうち、昭和五五年二月二四日朝、丙山が自宅でテレビをみていた旨、原告と乙野夏子が喫茶「ドング」へ行った旨の各記載は真実であるが、その他は全て虚偽である。

(22) 本件番号二六

本件番号二六は虚偽である。原告は、富山事件の殺害については、終始一貫して殺害を否認している。

電話をかけたことからドライブまで原告一人で行動したように記載し、原告がそのまま乙野夏子を車に乗せ連れ出し、殺害したような虚偽の記載がなされている。

夏子の殺害については丙山と原告の言い分しかなく、しかも双方の言い分は対立している。原告は当初から夏子の殺害を否認していて、最高裁判所まで争った。それを一作家によってこのようにあたかも原告が殺害したかのように実名で書くことは到底許されることではなく、原告の人権を無視したものである。

(23) 本件番号二七

事情聴取の段階で丙山の妻は、昭和五五年四月一七日付検面調書のとおり、「二月二五日夜九時ころ電話がかかり夫は外出した」と供述し、「その後の供述について夫から俺は外出していないと言われた」と付け加えているから、丙山の妻は夫が外出したと思っている旨供述している。

被告小先は、殺害事実を描写する中に、殺害に関係のない右供述の一部だけを切取って挿入して本来の意味を歪めている。

(24) 本件番号二九

事実と異なる。

(25) 本件番号三〇

事実と異なる。被告小先は、原告を怪しげに記載することによって印象作りをしようと意図し、悪意は明白である。

昭和五五年二月二四日午前一一時過ぎ、原告が、喫茶「キャニオン」へ行っていないことは、この時間に喫茶「ドング」に食事に行っているという証拠上明らかである。なお、被告小先が、本件著書一六五頁では、同月二四日朝一一時に「ドング」に女子高生と現れたと書いていて、その一方で、実況見分によれば約二三キロメートル離れている「キャニオン」と「ドング」に同じ一一時に現れたと矛盾した記載をしている。

また、同月二五日にも、あたかも乙野夏子と原告が「キャニオン」に現れ、そこヘタイヤ業者の男性が来たかのごとく書いているが、これもまた、捜査段階で既に「キャニオン」経営者から「勘違いであった、違う人」という確認を得られた事項であって、別に丙山弁護団が新しく引き出した事実ではない。

(26) 本件番号三一

原告が妊娠、中絶をしたことはなく、虚偽である。

(27) 本件番号三二

原告は、前妻が証言すると聞いてヒステリー発作を起こした事実はなく、虚偽である。

原告はこの前から度々体調悪化があって、公判中止も再三あり、そのため昭和五七年一一月に精神鑑定を受けているのであって、このような不調は控訴審まで続いた。

「ヒステリー発作」と表現してあるが、原告にこのような「発作」などの病歴、病状はない。原告は精神鑑定において「意識消失などのヒステリー反応」と診断されたが、ヒステリー性格とヒステリー症状(反応)は関連性がないとされていて、「ヒステリー発作」などという用語はない。

(28) 本件番号三四

事実と異なる。

(29) 本件番号三五

事実と異なる。

(30) 本件番号三六

「どこかしけこんでいたんじゃないか」「変なこと言わんといて、私と東京の男の人はそんな仲じゃないわ」などの会話は虚偽である。

(31) 本件番号三七

原告は、最初から一貫して女高生殺しは否認している。実名で殺人犯と記すなど最たる人権無視である。

(32) 本件番号三八

「借金が全て甲野に起因する」というのは、事実と異なる。

(33) 本件番号四〇、四一、四三

原告は、弁護士を一方的に解任しておらず、虚偽である。解任という手続きが悪いことだと印象づけるようとする被告小先の故意がある。

ボランティアの弁護士ではない。「引き受ける弁護士がいないのも無理はない」、「執行部が責任を取き受ける覚悟であった」ということは事実と異なる。

その他の会話部分は全て虚偽である。

(34) 本件番号四二

事実と異なる。何の根拠もなく、このように原告を中傷し、人権を無視した内容は著者に重大な責任がある。露骨な悪意のもとに創作したのは歴然としている。

(二) プライバシー侵害

本件番号一〇、一四、二八、三三及び三九の各記載部分は、病歴、家庭その他個人的な生活関係、容貌、容姿等、本件事件とは無関係で極めて個人的で公開を欲しない事項についての記載であり、原告のプライバシーを侵害した。

(1) 本件番号一〇

本件番号一〇のうち、本件著書八六頁の記載は事実と異なり、病気のことは他人に知られたくなく、プライバシーの侵害である。

(2) 本件番号一四

刑事裁判の内容についての鑑定ではなく、原告が公判に耐えることができるかどうかの鑑定であるから、右鑑定は証拠採用されていない。したがって、右鑑定内容を記載することは原告のプライバシーを侵害する。

(3) 本件番号二八

原告の体型に関する記述は事件に関係がなく、プライバシーの侵害である。

(4) 本件番号三三

本件番号三三の記載は、原告が結婚相談所を介して知り合ったのは、合計五人だけであって虚偽の事実であり、プライバシーの侵害である。

(5) 本件番号三九

病歴や精神状態に関しては、原告は他人に知られたくないと思っており、また犯罪事実とは関係なく、右記載はプライバシーの侵害である。

(三) 名誉感情の侵害

本件著書中の次の各記載部分は、原告が重大事件の刑事被告人であっても、いずれも、社会通念上許される限度を超えた侮辱的表現であり、原告の名誉感情を著しく傷つけた。

(1) 本件番号一一のうち「望みどおりに体をひろげて、なにがしかのカネにありつけば、当座の小遣いになる」「自堕落な年増女」との記載部分

(2) 本件番号一三のうち「“東京から出戻り”の甲野」との記載部分

(3) 本件番号一五のうち「売春婦まがいの収入で見栄を張っていた」との記載部分

(4) 本件番号一六のうち「セックスの度に、………あらゆるテクニックを用い、悦ばせる」との記載部分

(5) 本件番号一八のうち「セックスの面でも………抱く女なのである」との記載部分

(6) 本件番号二八

取調べが終わった昭和五五年六月中旬から同年九月の第一回公判までの三か月足らずの間に勾留中とはいえ一〇キロも太ることは一般に考えられない。

(7) 本件番号三三のうち「“女の武器”をちらつかせて、男たちを手玉に取っていた」との記載部分は、原告が性的にふしだらな女であるかのような印象を与え、原告を侮辱するものである。

トラック運転手の男性には「北陸企画の取引上、保険契約を紹介せねばならない」と説明し了解を得て保険契約をしてもらったし、タイヤ業者の男性からの借金についてもただの一度も「せびる」などという行為はない。女性が、何の事実もないのに「売春」と書かれることは、ある意味で殺人犯と言われるより苦痛である。

4  責任

(一) 被告小先は、請求原因3のとおり、故意または過失により原告の名誉を毀損し、またプライバシー、名誉感情を違法に侵害した。したがって、被告小先は、原告に対し、被告会社と共に共同不法行為責任を負う。

(二) 被告会社は、被告小先の右違法行為を知りながら本件著書を出版した。したがって、被告会社は、原告に対し、被告小先と共に共同不法行為責任を負う。

5  損害

原告は、被告らの右違法行為により、著しい精神的苦痛を被り、これを慰謝するためには、少なくとも五〇〇万円の慰謝料が相当である。

6  よって、原告は、被告らに対し、共同不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自五〇〇万円及び本件不法行為日である平成三年九月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は、本件著書の出版日を除き認める。本件著書の出版日は平成三年九月五日である。

3(一)  同3(一)のうち、本件著書中に本件番号一ないし一三、一五ないし二七、二九ないし三二、三四ないし三八、四〇ないし四三の各記載部分があることは認め、その余は否認する。

(二)  同3(二)のうち、本件著書中に本件番号一〇、一四、二八、三三、三九の各記載部分があることは認め、その余は否認する。

(三)  同3(三)のうち、本件著書中に本件番号一一、一三、一五、一六、一八、二八、三三の各記載部分があることは認め、その余は否認する。

4  同4、5は否認する。

三  被告らの抗弁及び主張

1  ノンフィクションノベルであるから名誉毀損は成立しない(被告らの主張(一)ないし(三))。

本件著書は、本件事件に即して取材、調査したノンフィクションノベルである。

ノンフィクションノベルは、アメリカ合衆国の小説家であるトルーマン・カポーティが自らの小説「冷血」でつくりあげた新しい手法の文学である。すなわち、事実をもとに最大限事実を忠実に表現することに努めているが、厳密にいうと創作による部分も介在するもので、(a)作者の作中への登場否定、(b)選択による作者の見解表現、(c)創作的処理、(d)目撃者の証拠陳述からの再建を手法とし、ノンフィクション(事実を究め、記録的に表現したルポルタージュ、自伝、伝記、日記、生活記録、探検記、歴史読み物の総称)とは、(b)、(c)の点で異なっている。

したがって、ノンフィクションノベルの場合、①小説の主題や骨格から遠く離れて枝葉末節にわたる部分、②推測的に創作したものと一般的にわかる部分、③登場人物の内心の思いにわたる部分、④言葉の言い回し、表現の仕方に過ぎないと考えられる部分において創作の余地が生じる。

右部分に関する事実については、「ノンフィクション(事実)」とは違い、「ノベル(虚構)」であり、事実の摘示に当たらず、名誉毀損の対象・範疇から除外されるべきである。

そして、ノンフィクションノベルに興味を示す一般平均的な常識を有する読者の知的基準(読解力・洞察力・理解力)からすると、「ノンフィクション」と「ノベル」の区別を理解して読んでいて、原告の名誉が毀損されることはない。具体的には、次の(一)ないし(三)のとおりである。

(一) 被告らの主張(一)(別表の「被告小先」、「被告会社」欄記載の番号と対応する。以下同じ。)

本件番号一ないし五、九、一一、一二、一七ないし一九、二一ないし二七、二九ないし三二、三四ないし三六、四〇ないし四三は、名誉(人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的な価値について社会から受ける客観的な評価、即ち社会的各誉)に無関係な枝葉末節の部分であり、原告の名誉を毀損するものではない。

(二) 被告らの主張(二)

本件番号は、単なる言いまわし(表現の仕方・方法)にすぎないものであり、右(一)記載のとおり、原告の名誉を毀損するものではない。

(三) 被告らの主張(三)

本件番号九の一部は、登場人物の内心の思いにわたるので推測的に創作したと一般的に分かるものであり、右(一)記載のとおり、原告の名誉を毀損するものではない。

2  死刑判決等を理由に名誉毀損は成立せず、原告は名誉毀損を主張できない(被告らの主張(四))。

(一) 原告は、本件事件により死刑判決を言い渡され、その社会的評価は著しく低下しているが、本件番号六、八、九(予備的主張)、一〇ないし一三、一五、一六、一九、二〇、二二、二五(予備的主張)、二六、二九、三二(予備的主張)、三六ないし三八の各記載部分は、原告の犯罪及び右判決並びに犯行の動機、背景事情、原告の人間性等について、本件著書出版以前にすでに他の報道機関から多数の報道がなされていたもので、本件著書によりあらためて、原告の名誉が毀損されることはない。

(二) また、原告は、自らの欲望のため、他人の人権を認めず何の関係もない人を複数殺害して死刑判決を言い渡された者であるから、クリーンハンドの原則により、右各記載部分につき名誉毀損を主張することができない。

3  名誉毀損に対する違法性阻却事由である真実性ないし相当性がある(被告らの主張(五))。

(一) 本件著書は、本件事件をテーマに、右事件の控訴審が係属中に出版された。しかして、一般に、被疑者、被告人が誰であるかも含めて捜査や裁判の状況を記述した別表の各記載部分は、公共の利益に関する事実である。

(二) 被告小先が本件著書を執筆した目的は、①犯人がかくも重大な犯罪を犯すに至った原因(要因)は何かを追及することにより、人間の一面を探求すること、②共犯とされた丙山の虚偽自白に至るまでの捜査当局の取調べ状況と公判における闘いの過程をとおして、捜査の実体と冤罪の構図を明らかにするとともに、自白の恐ろしさを訴えること、③裁判の進行と弁護活動を通して事件関係者の人間模様と真実の発見(特に、絶対に冤罪を出してはならないこと)であり、もっぱら公益を図る目的に出たものである。

本件著書は、原告を誹謗、中傷する意思は全くなく、専ら正当目的による反論の書である。

(三) 別表の各記載部分は、主要な部分において真実であるから、被告らが本件著書を執筆、発行したことに違法はない。被告小先が本件著書の各記載部分を著すに当たり使用した資料は、別表の「被告小先」欄に記載のとおりであり、いずれも確実な資料に基づくものである。

(四) 被告小先は、十分な調査、取材に基づき本件著書を執筆したのであるから、被告らは、本件著書の記載内容を真実と信じたことについて相当の理由があり、不法行為の成立要件である故意又は過失はない。

被告小先は、昭和六〇年三月から、被告会社の編集部の者とともに調査・取材をした上で、本件著書を書いた。被告小先は、①「長野事件」について、信濃毎日新聞から新聞記事を事件発生当時からコピーし、OL誘拐の現場(長野市内)や死体遺棄の現場(東筑摩郡青木村)に行き、②「富山事件」について、北日本新聞社から事件記事を事件発生当時からコピーし、女高生誘拐の現場(富山市内)や死体遺棄の現場(岐阜県吉城郡古川町)に行き、③富山市内で丙山弁護団の弁護人に会い、本件事件に関連する資料を公判記録等から可能な限りコピーした。その後も、二年間にわたり東京から富山地裁へ二〇回程度、公判廷に通い、事件に関連する各現場もまわって、事件関係者から取材をし、資料を集めた。

4  プライバシー侵害に当たらない(被告らの主張(六))。

本件番号一四、二八は、そもそも原告のプライバシーを侵害するものではない。

5  死刑判決等を理由にプライバシー侵害は成立せず、原告はプライバシー侵害を主張できない(被告らの主張(七))。

(一) 原告は、重罪の刑事事件を犯し、死刑判決を言い渡されたもので、原告の生育歴、既往症等は、社会の構成員の重大な関心事である。

本件番号一〇、一四、三三(予備的主張)、三九は、いずれもすでに公開の法廷で顕出されていて、新聞や雑誌等で詳しく報道されているもので、プライバシー侵害にならない。

(二) 原告は、自らの欲望のため、何の関係もない人を複数殺害して、他人の人権を認めなかったのだから、クリーンハンドの原則により、自らの人権であるプライバシーを主張することはできない。

6  プライバシー侵害に対する違法性阻却事由である公益性がある(被告らの主張(八))。

本件番号一〇(予備的主張)、一四、二八、三三、三九(予備的主張)は、希にみる兇悪、重大な事件を犯した原告の人間性、犯行の動機、背景事情等の記述で、犯罪行為自体あるいは情状等に密接に関連する事実であるから、公共の利益に関する事実であり、前記3(二)のとおり公益を図る目的のためには、必要不可欠な事項である。そして、右各記載部分は、主要な部分において真実であり、公表する相当性がある。したがって、右プライバシーに当たる事実の公表それ自体も公共の利益に関するものということができ、原告は、公表を受忍しなければならない。

7  正当な論評である(被告らの主張(九))。

(一) 本件番号三四ないし三八は、事実に基づく正当な論評であり、事実を摘示して原告の名誉を毀損するものではない。

(二) 本件番号三三、三九(予備的主張)は、事実に基づく正当な論評であり、原告のプライバシーを侵害するものではない。

8  社会通念上の許容範囲内である(被告会社の主張(一〇))。

本件番号一〇、一一、一三、一五、一六、一八、二八、三三は、重罪の刑事事件を犯して死刑判決を受け、その社会的評価を著しく低下している原告に対するものとして、その全人格を根底から否定するものでないから、社会通念上許される範囲内であって、違法性がない。

四  被告らの抗弁等に対する原告の認否及び反論

1  被告らの右抗弁等はいずれも否認する。

2(一)  本件著書は、原告など含めて登場人物に実名を用い、本件事件の実際の裁判をもとにしたノンフィクションである。ノンフィクションにおける名誉毀損の真実性の証明は、基本的には記述されている事実についての真実性の証明、または、著者、公表者において真実と信じるについて相当な理由がなければ免責されない。したがって、本件著書においても、全て真実性の証明もしくは免責事由を必要とする。また、本件著書中に、登場人物の会話や心理描写を記述した部分があるが、その場面での会話を当然とする基礎事実の立証、登場人物のかかれた心理のよって立つ事実の立証が必要である。

(二)  被告小先は、トルーマン・カポーティの手法を真似して本件著書を著したとするが、カポーティの徹底的な取材調査を比較してみると、本件著書の資料は、第一審公判の終結近くになってからの傍聴と、丙山弁護団からの資料提供、新聞記者の切り抜き、法廷記者の取材メモに過ぎない。本件著書がノンフィクションである以上、原告の主張を資料に基づき正確に把握し、かつ、原告にその引用の承諾を求めるべきであるが、被告小先は、本件著書に当たって原告の承諾を得ることなく、原告に取材の依頼も行っていない。

しかも、本件著書は、事実と創作部分を読者が区別できないという致命的な欠陥を有している。

(三)  被告らは、本件著書の目的が丙山の冤罪を防止するためである旨主張するが、それは結果論にすぎない。被告小先が本件事件の取材を開始したのは、被告会社から雑誌への記事の掲載依頼を受けたからであり、冤罪を晴らすためではない。被告小先が本件著書を書く契機と動機は、検察官による訴因変更であり、読者受けし、商業ベースに乗ると考えたからである。

第三  証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二1  請求原因2のうち、本件著書の出版日を除いた事実は、当事者間に争いがない。

乙第一三号証、及び弁論の全趣旨によると、本件著書の出版日は平成三年九月五日である事実が認められる。

2  本件事件の発生及び裁判経過

甲第二ないし三一、三三ないし三六、三八ないし四九号証、第五〇号証の一ないし三、第五一、五二号証、乙第三ないし一〇、一五、一七、二二ないし二六号証、丙第六号証の三、及び被告小先本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

(一) 原告の生い立ち、生活状況

原告は、昭和二一年二月、当時内縁関係にあった両親の長女として富山県内で出生し、同三四年実父に認知され、同三九年富山県立富山女子高等学校を卒業し、東京の私立大学を受験し合格したが、両親に経済的理由から反対されたため進学を断念し、富山県内で生命保険の事務員として勤務した後、単身で埼玉県に転居して化粧品会社の美容部員として稼働するようになった。

原告は、昭和四〇年ころ自動車のセールスマンであった前夫と知り合い、同四四年八月に婚姻し、同年一二月に長男を出産したが、前夫が他の女性と親密になったことから別居するようになり、家庭裁判所の調停を経て、同四九年八月に前夫と協議離婚した。そして、同五〇年に実父が死亡した後は、原告は、前夫からの送金と実母の収入に頼って、実母と長男と三人で暮らしていた。

(二) 丙山との出会い、その後の生活

原告は、昭和五二年九月、知人の紹介で、知人の売春の相手であった丙山(昭和二七年生)と知り合って、その翌日には性交渉を結び、その後も愛人関係を続けるようになった。原告は、同五三年二月、丙山と共同で、富山市清水町に事務所を借りて、北陸企画の名称で贈答品販売業を経営するようになり、右事務所を性交渉の場に利用するなどしているうち、勤労意欲を次第に失っていき、同五四年に入ると著しい経営不振に陥った。

原告は、このように、北陸企画の経営が悪化しつつあった昭和五三年一〇月、結婚相談所を通じて知り合ったトラック運転手の男性に、受取人を原告とする生命保険に加入させ、同五四年に保険金殺人を計画したが失敗した。また、同年九月高級スポーツカーであるフェアレディZ(以下「Z」という。)を購入したことなどから、金員に窮したため、保険金殺人以外にも大金を獲得する方法を思案し、若い女性を誘拐して殺害した上、その近親者らの憂慮に乗じて身代金を交付させようと考えるようになった。

(三) 事件の発生

(1) 富山事件

昭和五五年二月下旬、富山県在住の高校三年生である乙野夏子(昭和三六年一二月生)が誘拐され、同月二五日及び二七日に、家族に対し、女性の声で不審な電話があり、同年三月六日、岐阜県吉城郡古川町の河原で、遺棄された夏子の絞殺死体が発見された。

(2) 長野事件

昭和五五年三月五日、長野市内に在住し、金融機関に勤めていた丁山秋子(昭和三四年六月生)が消息を断ち、翌六日から七日まで、女性の声で丁山宅に、秋子の身柄と引き換えに身代金を要求する電話が合計七回架かってきたが、結局、秋子は死体で発見された。

(四) 原告と丙山への捜査、公判廷での審理

原告と丙山は、昭和五五年三月八日から同月一〇日までの間、富山事件の関係者として岐阜県警察から任意に事情聴取を受けたが、関与を否定していた。

原告と丙山は、同月二七日の公開捜査後、同月三〇日、長野事件につき長野県警察に逮捕された。原告及び丙山は、同年四月一日、右事件により勾留され、原告は当初、長野事件は原告の単独犯行であると供述していたが、その後の取調べで、丙山との共同実行を自白した。そのため、原告及び丙山は、同月二〇日、長野事件につき両名が共同正犯として、長野地方裁判所に起訴された。

原告及び丙山は、同年四月二一日、富山事件で再逮捕され、同月二四日、右事件で勾留された。原告は当初、乙野夏子は原告が殺害遺棄したと供述していたが、その後の取調べで、丙山が夏子を殺害したと供述した。そのため、原告及び丙山は、同年五月一三日、富山事件について共謀による身代金目的誘拐、殺人等の罪名で、富山地方裁判所に起訴され、同年九月一一日、併合された長野、富山両事件の第一回公判が開かれた。

第一回公判廷で、原告は、富山事件の関与を全面的に否認し、長野事件は、丙山との共謀で、誘拐及び身代金要求を自らが実行したが、殺人は丙山が実行し、死体遺棄は共同実行した旨主張した。他方、丙山は、両事件とも共同正犯であることを否認して、原告の単独犯行であると主張した。

その後、審理が継続し、昭和六〇年四月一五日の第一二七回公判で、検察官が、両事件とも、丙山は共謀共同正犯であり、原告が殺害、死体遺棄を単独で実行した旨訴因変更請求をし、その旨許可された。

昭和六二年四月三〇日、検察官による論告が行われ、その後、原告及び丙山の各弁護人による弁論が行われた。

(五) 刑事一審判決(乙第一五号証)

富山地裁は、第一回公判から約七年半、一九三回の公判を開いて審理を行い、昭和六三年二月九日、本件事件について判決を下し、富山、長野両事件ともに原告の単独犯行であると認定し、原告に対し死刑判決を、丙山に対し無罪判決を言い渡した。第一審判決の認定事実は、原告が問題としているところを中心にすると、以下のとおりである。

(1) 原告の本件事件に至った動機等

原告は、昭和五四年、保険金をかけたトラック運転手の男性を殺害することに失敗し、借金返済等のために多額の金員を必要としていたが、そのころになると北陸企画の経営不振ぶりは顕著となり、実母の収入や前夫からの養育料の送金に頼って生活していた。原告は、同年九月、二三〇万円余りするZを購入し、原告所有のセドリックを下取りに出したがそれでも二〇〇万円が必要となり、その支払いのため、丙山の妻とその母親から五〇万円ずつ借金し、さらに知人からも融資を得た。同五五年二月二三日現在、原告名義の借金は、タイヤ業者の男性のほか、金融業者からの分も合わせて三〇〇万円近い金額に達していた。

なお、原告は、前夫と離婚後、結婚相談所に登録し、同所を通じて男性の紹介を受けていたが、丙山と知り合ったのちも四回にわたって男性を紹介され、昭和五四年九月ころ知り合ったタイヤ業者の男性とは定期的に交際を継続し、同五五年二月には、借金の返済猶予を得る代償として、同人と性交渉を結んだ。

(2) 富山事件の認定事実

原告の単独犯である。原告は、同年二月二三日に、初対面の乙野夏子に対して、富山駅で声をかけ、レストラン「銀鱗」に誘って食事をともにし、アルバイトがある、家まで送るなどと言って欺き続け、同月二五日夜までの間、原告が管理する北陸企画事務所内に引き留めるなどして夏子を同行させた。同月二五日午後九時ころレスト喫茶「エコー」を出て、その深夜、数河峠付近に駐車中のZ車内において睡眠薬によって熟睡させた夏子を絞殺し、さらに、戸市川右岸にその死体を遺棄した。同月二三日以降、丙山と夏子が出会った事実は認められず、原告と丙山との共謀は認められない。

(3) 長野事件の認定事実

原告の単独犯である。原告は、同年三月五日、丁山秋子に声をかけ、ホテル「日興」まで赴き、同所に駐車中のZの助手席に乗せて誘拐し、同日夜、秋子に睡眠薬を飲ませて右助手席で眠らせて絞殺し、死体を遺棄した。その後、秋子の父親に対して身代金を要求した。

(六) 控訴審判決(乙第三号証)、最高裁判決

原告、検察ともに控訴したが、控訴審は、平成四年三月三一日、第一審とおおむね同様の事実認定をして控訴棄却の判決を言い渡し、原告は上告したが、最高裁判所は平成一〇年九月四日に上告を棄却した。

三  請求原因3のうち、まず、名誉毀損について検討する。

1  請求原因3(一)のうち、本件著書中に、本件番号一ないし一三、一五ないし二七、二九ないし三二、三四ないし三八、四〇ないし四三の各記載部分がある事実は、当事者間に争いがない。

2  被告らの主張(一)ないし(三)について

(一) 被告らは、本件著書がノンフィクションノベルであることから、被告らの主張(一)ないし(三)のとおり、名誉を毀損しないと主張する。

よって検討するに、甲第一、二、三九、四〇、四七号証、乙第一、一一ないし一四号証、被告小先本人尋問の結果によると、被告らの主張するノンフィクションノベルとは、事実をもとにして、その事実を最大限、忠実に表現するが、厳密に言うと創作(虚構)による部分も介在しているような小説である。そして、本件著書は、本件事件が発生してから、捜査、審理の様子等が詳細に記載されていて、これと当時の本件事件における審理状況を考慮すると、本件著書は小説の形式により、原告が本件事件の単独犯であると断定的に主張し、右事実を摘示するとともに、同事実を前提にその行為の悪性を強調する意見ないし論評を公表したものと認められる。

(二) ところで、言論出版の自由が憲法二一条一項で認められ、その重要性は自明のことであるが、他の者の人権を侵害するような場合に一定の制約を受けることがあるのは、他の出版物と同様であり、被告らが主張するようにノンフィクションノベルであることのみから、名誉毀損は成立しないと解することはできない。

そして、乙第一号証によると、本件著書が、被告らのいう事実と虚構を織り交ぜたノンフィクションノベルであることについて、本件著書内に、断り書きなどの記載はなく、かえって、本件著書の「まえがき」や「あとがき」を読むと、本件著書により本件事件の事実経過が分かり、丙山が法廷で述べたことが真実である旨がそれぞれ記載されている。さらに、本件著書に登場してくる主要な人物は、すべて実名で書かれていて、日時、場所も詳細に記載され、途中に公判廷の記載も織り交ぜられ、尋問の内容を記載するにも、裁判官、検事、各弁護人、証人の実名を書き、誰がどのように発言したか具体的に書かれている部分もあり、事実と虚構の部分との区別が一般の読者から見ると必ずしも明確ではない。

また、現在、ノンフィクションノベルの定義について、一般人の認識が一致しているとは必ずしも認められないのであり、本件著書のように登場人物の実名をあげながら小説の形態をとって、事実と創作(虚構)の部分と明確に区別せずに記載する場合、一般の読者からすると、記載内容が全体的に真実であると信じやすい形態の出版物であるといえる。さらにノンフィクションノベルの読者が、他の書物を愛読する読者よりも一般的に知的基準が高いとする経験則を認めることはできない。

(三) 以上によると、右のようなジャンルの書物を出版し、その内容を記載するに当たっては、実名をあげた者に対する人格権侵害にならないよう、執筆者及び出版社ともに、その表現内容には十分に配慮することが必要であると解される。したがって、被告らの主張(一)ないし(三)のとおり、別表の各記載部分について、ノンフィクションノベルであることをもって直ちに名誉毀損にならないとする見解は、いずれも採用できない。

よって、本件著書が原告の名誉を毀損し、違法であるか否かを判断するにあたっては、他の著作物と同様に、記載内容が原告の社会的評価を低下したか否かを検討していく必要がある。

3  被告らの主張(四)について

(一) 被告らは、本件著書は、第一審判決後に出版されたもので、原告は第一審で死刑判決を言い渡され、また他の報道機関でもすでに同様の報道がなされたから、本件著書によって原告の名誉を毀損していないと主張する。

よって検討するに、原告は、前示のとおり、第一審で死刑判決が言い渡されているから、通常の人と比べて、社会的評価が低下していたといえる。しかし、重罪の刑事事件を犯し、死刑判決を受けても、そのことのみで原告の人格権がすべて否定されるとは解されないのであり、本件著書が原告の名誉を毀損することはないとは言えず、また、他の報道機関ですでに同様の報道がなされていたことをもって、被告らが、主張(四)で指摘する本件著書の各記載部分が、原告の名誉を毀損していないと認めることもできない。

(二) さらに、被告らは、原告は、他人の人権を認めず、何の関係もない人を複数殺害して死刑判決を言い渡された者であるから、クリーンハンドの原則により名誉毀損を主張できないと主張する。

しかし、前示のとおり、原告が重罪の刑事事件を犯し、死刑判決を受けても、原告の人権がすべて否定されるとは解せられない。また、クリーンハンドの原則は信義則の一態様であり、信義則は当事者間で認められるが、原告が起こした本件事件に関し、被告らが当事者であるとは認められないから、被告らの右主張は理由がない。

したがって、被告らの主張(四)は採用できない。

4  そこで、本件著書の各記載部分が、原告の名誉、即ち、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的な価値について社会から受ける客観的な評価を低下させるかを検討する。

(一) 本件番号九、二六、三七の各記載部分は、原告が本件事件を行ったことを直接記載しているもので、原告の社会的評価を低下させるといえる。

(二) 本件番号一ないし八、一二、一三、一九ないし二五、二七、二九、三〇、三二、三六、三八、四二の各記載部分は、その記載だけから直ちに原告が本件事件を行ったことを記載していないが、右記載部分のほかに本件著書の他の記載部分を併せて考慮すると、右記載部分は、本件事件と原告の深い関わりを窺わせる内容であると認めることができ、その限度で原告の社会的評価を低下させるといえる。

(三) 本件番号一一、一五、一六、一八、三一の各記載部分は、原告の生活状況を基礎として被告小先の意見ないし評価を加えて記載するものであり、読者をして原告が殊更ふしだらな女性であると印象づける記載内容であり、原告の社会的評価を低下させるといえる。

もっとも、本件番号一五のうち原告が異母兄弟と没交渉で資産がない旨、本件番号一六のうち結婚相談所が紹介する男の中に丙山より何倍も収入が多いものがいる旨、本件番号一八のうち原告がウィスキーが好きである旨の各記載部分は、いずれも原告の社会的評価を低下させるとは認められない。

(四) 本件番号一〇は、原告の出生から少女時代までの家庭環境やエピソードなどを記載しているが、原告の社会的評価を低下させるとは認められない。

本件番号一七、三四、三五は、原告の社会的評価とは関係がない記載であり、原告の社会的評価を低下させるとは認められない。

本件番号四〇、四一、四三は、原告の弁護人の解任に関する記載であるが、弁護人をボランティアと評しても、原告の社会的評価と関わるものではなく、右評価を低下させるとは認められない。

(五) 以上によると、原告の主張する記載部分のうち、本件番号一ないし九、一一ないし一三、一五、一六、一八ないし二七、二九ないし三二、三六ないし三八、四二は原告の名誉を毀損する内容を有すると認められるが、本件番号一〇、一七、三四、三五、四〇、四一、四三は原告の名誉を毀損する内容を有するとは認められない。

5  被告らの主張(五)(違法性阻却事由である真実性、相当性)について

(一) 名誉毀損の不法行為について、事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときは、右行為については違法性がなく、仮に右事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において右事実を真実と信じるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁、同五八年一〇月二〇日第一小法廷判決・裁判集民事一四〇号一七七頁参照)。

一方、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右行為は違法性を欠くものというべきである(最高裁昭和六二年四月二四日第二小法廷判決・民集四一巻三号四九〇頁、最高裁平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二五二頁参照)。そして、仮に右意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、事実を摘示しての名誉毀損における場合と対比すると、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である(最高裁平成九年九月九日第三小法廷判決・民集五一巻八号三八〇頁参照)。

また、問題とされている表現が、事実を摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるかを区別するには、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準に、前後の文脈や記事の公表当時に読者が有していた知識ないし経験等を考慮すると、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものと理解されるときは、右事項についての事実の摘示を含むものというべきである(前掲最高裁平成九年九月九日判決参照)。

さらに、刑事第一審の判決において罪となるべき事実として示された犯罪事実、量刑の理由として示された量刑に関する事実その他判決理由中において認定された事実について、行為者が右判決を資料として右認定事実と同一性のある事実を真実と信じて摘示した場合には、右判決の認定に疑いを入れるべき特段の事情がない限り、後に控訴審においてこれと異なる認定判断がされたとしても、摘示した事実を真実と信じるについて相当な理由があるというべきである。けだし、刑事判決の理由中に認定された事実は、刑事裁判における慎重な手続に基づき、裁判官が証拠によって心証を得た事実であるから、行為者が右事実に確実な資料、根拠があるものと受け止め、摘示した事実を真実と信じたとしても無理からぬところがあるといえるからである(最高裁平成一一年一〇月二六日第三小法廷参照)。

(二) そこで、原告の名誉を毀損する内容を有する前記各記載部分につき、違法性を阻却する事由があるか検討する。

(1) 公共の利益に関する事実

本件著書は、重大犯罪である本件事件を主題として、事件の概要、捜査、公判段階の状況を詳細に記載した著書であり、本件事件に関わる記載部分と認められる本件番号一ないし九、一二、一三、一九ないし二七、二九、三〇、三二、三六ないし三八、四二は、いずれも公共の利益に関する事実であるといえる。

また、原告が性的にふしだらな女性であると印象づける記載部分と認められる本件番号一一、一五、一六、一八、三一は、犯人である原告の生活状況、行動、背景事情等を記載したもので、本件事件に至った経過や動機形成等と関わりのある面があり、いずれも公共の利益に関する事実であるといえる。

(2) 公共の利益を図る目的

乙第一二ないし一四号証、丙第八、一三号証の各一、二、第九ないし一二号証、及び被告小先本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨によると、被告小先(昭和一二年生)は、昭和三九年ころから文筆業を始め、これまで重大な刑事犯罪を題材として多数の著書を執筆していて、本件事件についても興味を抱いていたところ、刑事裁判の第一審の途中で、異例とも思われる検察官からの冒頭陳述の変更が行われ、社会一般の本件事件に関する関心も高まっていたことから、①原告が本件事件のような重大事件を犯すに至った原因を追及することにより、人間の一面を探求すること、②共犯とされた丙山の虚偽自白に至るまでの捜査当局の取調べ状況と公判における過程をとおして、捜査の実体と冤罪の構図を明らかにするとともに、自白の恐ろしさを訴えること、③裁判の進行と弁護活動を通して事件関係者の人間模様と真実の発見、さらに、冤罪を出してはならないことを読者に訴える目的で執筆を行うこととし、被告会社が本件著書を出版した事実が認められる。

そうすると、被告小先が前記各記載部分を執筆したことに、公共の利益を図る目的があったと認められる。

(三) 次に、前記各記載部分のうち、①事実を摘示する部分について、摘示された事実の重要な部分で真実の証明があるか、あるいは、被告小先において右事実を真実と信じるについて相当な理由があったかについて、②事実を基礎としての意見ないし論評の表明である部分については、その前提としている事実が重要な部分で真実の証明があり、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱していないか、あるいは、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当な理由があるかについて、それぞれ検討する。

(1) 原告が本件事件を行ったことに関する本件番号一ないし九、一二、一三、一九ないし二七、二九、三〇、三二、三六ないし三八、四二の各記載部分について、右記載部分が原告の社会的評価を低下させる理由は、読者をして原告が本件事件の犯人(単独犯行)であることの心証を抱かせることにある。

しかし、前示のとおり、原告が本件事件の犯人(単独犯行)であることは、本件著書が出版される前に宣告された本件事件の第一審判決(乙第一五号証)で、適法に認定されている。さらに、乙第一二ないし一四号証、丙第六号証の三、及び被告小先本人尋問の結果によると、被告小先が本件著書の前記各記載部分を著すに当たり使用した資料は、同被告が約二年間、二〇回にわたり、富山地裁の公判傍聴をした結果、釈放後の丙山との対談内容、並びに別表の「被告小先」欄に記載のとおり、検察官の論告要旨(乙第四号証)、丙山弁護人の弁論要旨(乙第五号証)、丙山主任弁護人の答弁書(乙第六ないし八号証)、第一審判決(乙第一五号証)、検察官の冒頭陳述書(乙第二二号証)、及び弁護人の冒頭陳述書(乙第二三号証、第二四号証の一、二、第二五号証)等であって、いずれも確実な資料に基づいている事実が認められる。

右事実によると、前記各記載部分の真実性ないし真実であると信ずるについて相当性の立証は、いずれもなされていると認められる。

(2) ところで、原告は、前記各記載部分のなかの会話形式の記述については、かかる会話をしておらず、虚偽の記載であるから、原告の名誉を毀損すると主張する。

よって検討するに、前示のとおり、本件著書は、被告らの主張によると、事実をもとにして、その事実を最大限、忠実に表現するが、厳密に言うと創作(虚構)による部分も介在しているような小説であるノンフィクションノベルというのである。右ジャンルの小説を前提にすると、会話形式による表現については、会話をしたかどうか、あるいは、会話の内容が正確かどうかによって、原告の社会的評価を低下させるものではなく、会話の内容の前提となる事実が原告の社会的評価を低下させるかどうかが問題になる。その意味では、会話の内容の前提となる事実を基礎として、著者の意見を加えて表現しているものといえるから、会話の内容の前提となる事実について真実性ないし真実であると信ずる相当性の立証がなされているか否かを検討すべきことになる。

これを本件についてみるに、原告は、前記第一審判決(乙第一五号証)に対し控訴して、本件事件の単独犯行を争っていたものであるが、前記各会話の内容の前提となる事実関係については、おおむね第一審判決の理由中で詳細に検討され、認定されている。また、右会話形式の表現内容について、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を逸脱している部分を認めることはできない。したがって、前記各会話の真実性ないし相当性の立証はなされているといえる。

(3) 原告は、本件番号九のうち、原告の内心にかかる、事件を窺わせる事実を記載した部分(七八頁)は虚偽であり、原告の名誉を毀損すると主張する。

確かに、原告の内心については、他から窺い知ることは困難であるが、第一審判決(乙第一五号証)は、原告の供述の変遷状況を詳しく検討して、本件事件は原告が大金を必要としていたために犯した犯罪であること、原告が捜査段階から丙山を陥れようと計画的に虚偽の供述をしていたことを認定している。前記記載部分は、右事実を前提にして、著者である被告小先の意見を加えて表現したものといえるのであり、その表現内容に、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を逸脱している部分を認めることはできない。したがって、右原告の内心に関する記載部分は、真実性ないし相当性の立証がなされたといえる。

(4) 原告が性的にふしだらであると印象づける本件番号一一、一五、一六、一八、三一の各記載部分は、前記のとおり、原告の生活状況等を基礎として被告小先の意見ないし論評を加えて記載したものということができるところ、原告の生活状況等については、おおむね第一審判決において、認定しているところである。特に、第一審判決は、前示のとおり、原告が、昭和五五年二月、借金の返済猶予を得る代償として、タイヤ業者の男性と性交渉を結んだ事実を認定している。

そうすると、右各記載部分の前提となる事実関係について、真実性ないし相当性の立証があったということができる。そして、その表現内容についても、後記のとおり原告の名誉感情を侵害するか否かは別として、原告に対する人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を逸脱していると認められる部分はない。したがって、右各記載部分は、真実性ないし相当性の立証がなされたといえる。

(四) 以上によると、原告の名誉を毀損する内容である前記各記載部分について、いずれも違法性阻却事由が認められる。

6  したがって、原告が名誉毀損になると主張する右各記載部分について、いずれも不法行為が成立しないから、被告らのその余の主張について判断するまでもなく、原告の名誉毀損の主張は理由がない。

四  請求原因3のうち、プライバシー侵害について検討する。

1  請求原因3(二)のうち、本件著書中に、本件番号一〇、一四、二八、三三、三九の各記載部分がある事実は、当事者間に争いがない。

2  被告らの主張(六)について

被告らは、本件番号一四、二八は、そもそも原告のプライバシーに関わるものではなく、原告のプライバシーを侵害するものではないと主張する。

よって検討するに、プライバシーとは、公にされていない個人的な事項(私事)について公開されない法的利益をいうものであって、その内容が原告の社会的評価を低下させるものかどうかに関わるものではない。

本件番号一四は、原告の精神状態を記載する部分もあるうえ、原告の知的能力が高いことを示す記載であっても、プライバシーを侵害するものといえる。

しかし、本件番号二八は、原告が公判中に体重が増加した旨を記載するもので、丙第一五号証の一によると、法廷を傍聴する者には分かり得た事実であり、ことさら公にされていない個人的な事項とはいえない。もっとも、原告が具体的に何キロ太ったかは、その表現方法により、原告の名誉感情を侵害する余地もあるが、プライバシー侵害になるとはいえない。

したがって、本件番号一四については、被告らの主張(六)は理由がないが、本件番号二八は、被告らの主張するように、プライバシー侵害にあたらない。

以上によると、原告の主張する記載部分のうち、本件番号一〇、一四、三三、三九は、その記載内容からみて、原告のプライバシーを侵害する内容を有すると認める。

3  被告らの主張(七)について

(一) 被告らは、原告が刑事事件を犯し死刑判決を受けているから、生育歴等は社会の重大な関心事であり、しかも、法廷で顕出され、詳しく報道されているからプライバシー侵害にならないと主張する。

よって検討するに、前示のとおり、原告が重罪の刑事事件を犯し死刑判決を受けても、原告の人格権がすべて否定されるものではないのであって、右人格権の中にはプライバシーの法的保護も含まれると解される。他方、乙第四、一三、一五、一九、二〇、二二、二三号証によると、被告小先が本件番号一〇、一四、三三、三九を著すに当たり使用した資料は、同被告が前記のとおり富山地裁の公判傍聴をした結果、並びに別表の「被告小先」欄に記載のとおりで、いずれも確実な資料に基づくものと認められる。

しかし、右資料が、公開の刑事法廷で顕出されていたとしても、公開法廷で直接その内容に触れることができたのは法廷傍聴に来た者に限定されること、及び、刑事訴訟記録についても一定の事由が認められる場合には閲覧制限があること(刑事訴訟法五三条参照)を考慮すると、顕出された事実が全て、既に公にされた個人的な事項となってプライバシーの法的保護の対象から当然に除外されるとは解せられない。また、一旦、新聞や雑誌で詳しく報道されたとしても、そのことから、プライバシーの法的保護の対象から除外されるとすることは、プライバシー侵害の成否を過去の報道内容により左右することになるから、相当ではない。

したがって、被告らの右主張は理由がない。

(二) さらに、被告らは、クリーンハンドの原則を根拠に、原告は、自らの欲望のため、他人の人権を認めなかったのであるから、公平の原則から、自らの人権であるプライバシーを主張できないと主張する。

しかし、クリーンハンドの原則は信義則の一態様であり、信義則は当事者間で認められるが、原告が起こした本件事件に関し、被告らが当事者であるとは認められない。その他、原告が死刑判決を受けたからといって、前記各記載部分につきプライバシー侵害を主張できない法的根拠を認めることはできない。

以上によると、被告らの主張(七)は採用できない。

4  被告らの主張(八)(違法性阻却事由である公益性)について

(一) 重大な刑事事件を起こした者のプライバシー侵害が不法行為になるか否かは、公表された者のその後の生活状況、プライバシーにかかわる事実が当該刑事事件において有する意義、その者の事件における当事者としての重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らして判断し、右のプライバシーにかかわる事実を公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越するか否かにより決すべきである(最高裁平成六年二月八日第三小法廷判決・民集四八巻二号一四九頁参照)。

(二) 本件事件は、年若い女性二名に対する身代金目的拐取等、殺人、死体遺棄の重大事案で社会的な関心が高く、しかも、原告の虚偽の供述により共犯として起訴された丙山が無罪になるなど、その公共性が極めて高い。さらに原告は公判廷において犯行を一部否認したが、単独犯人と認定されて死刑判決を下された本人であること、原告が冷酷非情で計画性のある本件犯罪を犯すような人格をどのように形成するに至ったかが、事案を解明するに当たり重要であることを考慮すると、本件番号一〇、一四、三三、三九は、犯人である原告の生育歴等の人格形成過程、既往症、知能指数、公判廷での態度状況等に関する原告のプライバシーに関わる記載であるが、本件事件を理解して、原告の単独犯であるか、原告が虚偽の供述をする理由は何かを解明するうえで関わりの深い事項といえる。しかも、刑事第一審判決(乙第一五号証)及び被告小先本人尋問の結果によると、右各記載部分の真実性ないし真実であると信ずる相当性が認められるのであり、これに、前示のとおり本件著書が公益を図る目的を有することを併せ考えると、右各記載部分の事実を公表する利益が、原告の公表されない法的利益に優越すると認めることができる。

以上によると、本件番号一〇、一四、三三、三九は、いずれも原告のプライバシーを違法に侵害するものではないといえる。

5  したがって、原告がプライバシー侵害になると主張する右各記載部分につき、いずれも不法行為が成立しないから、被告らのその余の主張を判断するまでもなく、原告のプライバシー侵害の主張は理由がない。

五  請求原因3のうち、名誉感情の侵害について検討する。

1  請求原因3(三)のうち、本件著書中に、本件番号一一、一三、一五、一六、一八、二八、三三の記載部分がある事実は当事者間に争いがない。

2(一)  名誉感情は、自己自身の人格的価値についての主観的評価であって、これを侵害したかどうかは多分に被害者の主観的価値判断を伴い、客観的に名誉感情を侵害したかどうか、その程度がどれ程であるかの判断は、困難を伴う。しかし、名誉感情が一切、法的保護に値しないとするのは相当でなく、名誉感情であっても法的保護に値するのであり、社会通念上許される限度を超える侮辱行為に対しては、社会的評価を低下させないとしても、人格権侵害の不法行為として民事上の損害賠償責任を負わせるのが相当である。

(二)  原告が主張する記載部分のうち、本件番号一一のなかの「望みどおりに体をひろげて、なにがしかのカネにありつけば、当座の小遣いになる。」及び、「自堕落な年増女」、本件番号一五のなかの「売春まがいの収入で見栄を張っていた」、本件番号一六のなかの「セックスの度に、甲野は満足げに洩らした。平素の欲求不満が、いっぺんに解消されるらしい。しかし性的に、年下の男に奉仕させるだけではない。むしろ年上の女として、あらゆるテクニックを用い、悦ばせるのである。」、本件番号一八のなかの「セックスの面でも、甲野がリードする。いうなれば、『抱かれる女』ではなく、『抱く女』なのである。」、本件番号三三のなかの「女の武器をちらつかせて男たちを手玉に取っていた」の各記載部分は、本件事件と関連性を認めることはできない。そして、たとえ丙山が原告に騙され続けたことを表現するのに、原告の女性としての性的魅力を描くことが必要であったとしても、実名を用いて原告が性的にふしだらな売春婦であるかのように創作的処理を加えて記載する必要性は認められず、右各記載部分は、女性である原告にとって、侮辱的な表現方法であり、社会通念上許される限度を超えたものと認めることができる。

この点、被告小先は、原告の人格を攻撃する意図はなかったと供述するが、積極的に原告の人格を攻撃する意図がなかったとしても、事実と創作部分の区別が困難な右各記載部分により女性である原告の名誉感情を害するであろうことを、長年文筆業を営んでいる被告小先としては、当然に予想できたと認められるから、右認定は左右されない。

(三)  他方、本件番号一三の「東京から出戻り」の記述は、ことさら社会通念上許される限度を超える侮辱的な表現方法とはいえず、不法行為を構成するとはいえない。また、本件番号二八の、原告の体重の増加に関する記述は、前示のとおり、公開の法廷で知り得た事実であり、社会通念上許される限度を超える侮辱的な表現方法と認められないから、不法行為を構成しない。

(四)  以上によると、原告の主張する記載部分のうち、本件番号一一、一五、一六、一八、三三の前記各記載部分は、原告の名誉感情を侵害する内容を有すると認める。

3(一)  被告らは、本件番号三三の右記載部分は、正当な論評であり違法性がないと主張する(被告らの主張(九))、

しかし、正当な論評とは、公共的な問題についての名誉侵害的な論評につき、一定の要件の下に違法性阻却を認める法理であり、本件のように名誉感情の違法性が問題となっている場合には適用されないから、被告らの右主張は理由がない。

(二)  また、被告会社は、本件番号一一、一五、一六、一八、三三の前記各記載部分は、重罪な刑事事件を犯し死刑判決を受けた原告においては、全人格を根底から否定するほどのものでないから、社会通念上許されると主張する(被告会社の主張(一〇))。

しかし、前示のとおり、死刑判決を受けていても人格権は否定されないのであって、右各記載部分が、原告の全人格を根底から否定するほどのものでないから社会通念上許されるとの被告会社の見解は採用できない。原告の死刑判決が確定したことにより右判断は左右されない。

4  したがって、本件番号一一、一五、一六、一八、三三の前記各記載部分は、原告の名誉感情を侵害し、不法行為が成立するといえる。右認定に反する被告らの主張はいずれも理由がない。

六  被告らの責任

以上によると、被告らは、共同で不法行為を行ったものといえるから、民法七〇九条、七一九条に基づき右不法行為により原告が被った損害につき、不真正連帯により賠償責任を負うことになる。

七  原告の損害

本件著書の本件番号一一、一五、一六、一八、三三の前記各記載部分により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては、右記載内容のほか、前示のとおり、原告が、極めて反社会性の高い富山事件及び長野事件を単独で実行して、現在死刑が確定していること、原告が捜査・公判段階で、丙山を右両事件の共犯にしようとしたこと、さらに当時の捜査状況、新聞・雑誌等による報道状況等を考慮すると、五〇万円をもって相当と認める。

なお、丙第一九号証並びに弁論の全趣旨によると、原告は、本件事件に関して原告の記事等を掲載した他の出版社から損害賠償金を取得している事実が認められるが、そのことにより、右慰謝料額の認定は左右されない。

八  結論

よって、原告の被告らに対する本訴請求は、各自、前記七で認定した五〇万円及びこれに対する不法行為日である本件著書が出版された平成三年九月五日以降の同月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、六五条を適用し、仮執行宣言の申立ては相当でないから却下して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官水谷正俊 裁判官佐藤真弘 裁判官今泉愛)

別紙一覧表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例